水の上の、じこしょうかい。

性に、生に、マジメなだけなのですよ。アート、アングラ、音楽、漫画、アニメ、エロティックで尖ったものなんでも好き。サピオセクシャル気味。

「緊縛アート史」に新たな1ページがいま刻まれつつある、かもしれない話。

――日本の「緊縛アート史」に、新たな1ページが今まさに刻まれているのかもしれない、新たな胎動が起きているのかもしれない。

 

 

 

――日本の「緊縛アート史」に、新たな1ページが今まさに刻まれているのかもしれない、新たな胎動が起きているのかもしれない。

 ……そう強く感じるほどのアート展を、鑑賞することができた。遠州浜松(静岡県浜松市)の地でいま、行われている「ホールド・ミー・タイド展」。ビートルズの某曲との言葉遊びも想起させるが、まさに緊縛を意味するHOLD ME TIDE(私を縛って)だ。

 画家、彫刻家、球体関節人形師、緊縛モデル、写真家、ドール緊縛オブジェ作者…。100点はあろうかという多彩な作品群が、江戸期に始まる「無残絵」から現代のベテラン緊縛師、さらにはウルトラバイオレンスSF映画の世界観まで、幅広くカバー。何時間居ても飽きない。夜20時まで開いてるし!   3月21日の会期末まで残りわずかだが、「緊縛」「アート」「アングラ」「官能」といったワードに興味を持つ人は、見逃すと「あの貴重な会を観ておけばよかった…」と実に大きな後悔をすることになるんじゃないでしょうか…と素人ながら断言できるほど、魅惑的で濃密な体験をさせてもらった。その体験を共有させていただきたい。

 

 JR浜松駅からバスで約10分。バス停目の前に、会場の怪奇骨董秘宝館「鴨江ヴンダーカンマー」はある。ホールド・ミー・タイド展会場となっているビル3階に入ると、正面で迎えてくれるのは、ロープでがんじがらめになった鉢植えの観葉植物。既に〝狂気〟を漂わせるが、アーティストたちのオーラに興が乗った館長自らの手によるものだというから、実に恐ろしい…いや、素晴らしい空間だ。

 

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ホールドミータイド展のフライヤー

 隣には、今回の展示のフライヤーを飾っている、憂いを帯びた表情の緊縛裸婦像が鎮座。見回すと、人形や像などなど、あらゆるものが縄やロープ、糸で縛られているのだ。ガスマスクをかぶり、黄色と黒の工事用トラロープで縛られた像も、すっと立っている。

 

 正面の壁に目をやると、深紅の腰巻姿をした妊婦の逆さ吊り人形と、出刃包丁を手にその腹をかっさばいたとされる鬼婆を描いた掛け軸が、並んでいる。浮世絵師・月岡芳年の作から飛び出してきたような「安達ヶ原」「黒塚」の世界観だ。
 幕末から明治期にかけて活動した月岡は「無惨絵」の最高峰とも評される。血みどろや惨殺をテーマとしているため必然、緊縛のシーンも多いのだ。江戸川乱歩三島由紀夫らにも影響を及ぼしたとされる。
 「責め絵」「縛り絵」の大家、伊藤晴雨の関連作品も館内にある。

 

  緊縛の伝統を感じさせる作品の隣では、球体関節人形が白く柔らかな肌に食い込む縄に、苦悶とも恍惚ともつかない表情をうかべている。甘く開かれた口の中は真っ赤で、温かさを感じそうなほど色っぽい。口腔フェチにも刺さる完成度だ。
 一連の人形の作者は内田欣二氏。〝生き人形〟とも呼べるほど動き出しそうな作品を手掛け、名古屋の「化け猫屋敷 R」や特殊書店「ビブリオマニア」、京都の骨董喫茶ギャラリー「ライト商會」などでも展示歴がある。

 

  視線を上に向けると、柔肌を真っ赤な縄で吊られた女体絵や、月と寄り添う幻想的な緊縛裸婦のモノクロ絵。〝観音さま〟も緻密に描かれている。モノクロ写真かと思わせる写実的な絵は、点描のようだ。
 絵師・菱川みひろ氏が自らモデルを縛り、描いた作品という。菱川氏は、表現のあり方に一石を投じている東京でのグループ展「私たちは消された展」に参加している気鋭の画家、としてご存じの方もいるだろう。

 

  部屋の中央にシャンデリアがあるな…とふらふらと近寄ると、その異形の美しさに仰け反る。垂れ下がるのは、赤い糸で縛られた無数の小さな手足バラバラになった人形たちがぐるぐる巻きに縛られ、口から大きな滴を垂らしているものもある。すまし顔の日本人形も、着物は細い糸で幾重にも、無秩序に、縛られている。発想のすさまじさに驚嘆する。
 作家はMitubaki Tamaki氏。〝某少女人形〟を自由自在に分解したり縛ったりしたオブジェやキャンドルなどなどを無数に生み出しているという鬼才だ。ディープな博物館として知られる札幌市の「レトロスペース坂会館」を拠点に活動しているらしい。

 

  その道40年のベテラン緊縛師、有末剛氏が手掛けた、和服姿の女性との「責め縄」を写したフォト作品も並んでいる。陶酔の表情をあらわにしているモデルは香苗真由美氏。
 有末氏は緊縛界ではいわずと知れたレジェンド的存在。一般的には団鬼六原作の映画「花と蛇」での緊縛師役や緊縛指導、AVで知られるが、他分野のアーティストとのコラボなど芸術性の高い活動も積極的に行っており、欧州をはじめ海外でも「Kinbaku」ショーで好評を博している存在だ。

 

 さらには、スタンリー・キューブリックの「時計じかけのオレンジ」に登場するドラッグ入りミルクサーバーを思わせる、白塗り裸体像まで吊り下がっている。鋲付き首輪に白髪の女のうつろな瞳は、何に縛られようとしているのか…。


  素肌に縄絵を描かれた女性モデルが、首元に日本刀(のようなもの)を付きつけられ、鋭い眼光を見せる一瞬を切り取ったモノクロ写真も、異様な存在感を放つ。
 関連イベントのライブペインティングでの一場面といい、手掛けたのは静岡県舞台芸術センター(SPAC)舞台監督を務めたこともある芸術家・池谷雅之氏、被写体モデルは絵野めぐみ氏だ。 

 

 会期中には、緊縛パフォーマンスと音楽に中原中也江戸川乱歩まで融合したインスタレーション(菱川氏と絵野氏ら)や、有末氏による体験緊縛会ーといったイベントのほか、併催で舞台俳優・大道無門優也氏らが制作した球体関節人形を展示し、三島由紀夫作品のオンラインの読書会・人形浄瑠璃イベントも行った「三島・近代・あおいのうえ」も開かれたという。おなかと脳内がいっぱいに侵食されるほど多様な「緊縛」が展開されるのだ。

 

 会場目の前のバス停の名であり、真正面に建つのが「鴨江観音」、つまり観音さまというところにも、この展示の因果を勝手に感じる。かつて鴨江の地は遊郭がある「赤線地帯」で、会場名にあるドイツ語「ヴンダーカンマー」(奇跡の部屋)よろしく見世物小屋も存在したという。今は市民文化芸術活動拠点「鴨江アートセンター」もある、アートの地となっている。

 

 ――以上、単なるアート好き、アングラ好きの素人が書きなぐった鑑賞記です。ただ、記せたのはほんの一部。アートや緊縛の知識を深く知る人々にも知って、分析して、考察して、のちのちまで記録していただきたい、との思いで綴ったものですが、見世物小屋を覗くようにちょっとした興味で誰でも気軽に訪れて、私のような感動体験で脳内を侵食された人が増殖してほしい、と思うのです。第2弾の展示を期待しつつ。
 ※オーラあふれる展示の一端は、鴨江ヴンダーカンマーさんのインスタツイッターからも。面妖なオーラにあてられて是非、ふらふらと会場に引き寄せられることを推奨します。入場料1000円。12時〜20時。浜松市中区鴨江1-14


 文責:水の上

 ※一鑑賞者が勝手に調べて記述したものです。できる限りの正確性を心掛けてはいますが、記述に誤りがありましたらば、コメントまでご指摘を。